世界では緑が人にもたらす効用を積極的に健康に役立てようという動きがあります。科学的な調査・分析に基づいてプログラムが作成され、実際の医療現場や福祉、公共の場でガーデンが活用されているアメリカでその現場を見てきました。阿部容子がアメリカ園芸療法協会会員として、カンファレンスや研修などで学んだガーデンの効用、その活かし方をご紹介します。
アメリカの緑の効用研究と実践
私たちは、庭は人の暮らしに不可欠なものだと思っています。庭は単なる趣味や道楽にとどまらず、人が健やかに生きていくうえで緑は欠かせないパートナーです。そのことを科学的な見地から研究、分析しようという動きが世界的にあるのを知ったのは、もう20年以上前のことです。アメリカには、緑が人の心身に及ぼす影響を科学的に研究し、その研究成果を医療や福祉、学校や公園など公共の場で活用する取り組みが行われてきました。実際に病院などでは、大学研究者と医師や看護師、各種療法士などの医療従事者、治療プログラムを計画する園芸療法士、ガーデンデザイナー、セラピストが一つのチームとして、それぞれ専門分野の知見を組み合わせた緑やガーデンにおける治療プログラムが展開され、回復促進や健康維持などで成果を上げています。
こうした取り組みを世界的にリードし、発達させてきたのがアメリカ園芸療法協会です。私はこの会の存在を知ってすぐさま会員になり、何度もアメリカのカンファレンスや、プログラムが実践されている現場に足を運んできました。そして、その学びの中で、緑は確実に人に作用し、作用するからこそガーデンデザインは単なる見た目の美しさだけでなく、「機能的」であるべきというポリシーを一層強くしました。
さて、アメリカ訪問のなかで、緑の療法的活用のアイデアをたくさんもらったのが「シカゴボタニックガーデン」。緑が人の心身に及ぼす影響を「機能」として盛り込んだ具体的なガーデンがあり、たくさんの気づきやヒントがもらえる場所なので、ガーデンデザイナーを志す人たちにはぜひ一度、足を運んでもらいたい場所です。
100万人が訪れる都会のオアシス「シカゴ・ボタニックガーデン」
Photo by Chicago Botanic Photos
「美しい庭と自然は、人間の心と身体の幸せに必要不可欠な存在であり、庭づくりを愛し、楽しむことができた時にこそ、人はより健康に生きられる」。これはシカゴ・ボタニックガーデンの理念です。ニューヨーク、ロサンゼルスにつぐ人口をもつシカゴで、この公園はまさに都会の人々の健康と幸せのための緑のオアシスとして1972年に誕生しました。シカゴの中心地からは車で約30分ほど。都心からそう遠くはない場所に155万平米の敷地を持ち、26のガーデンと4つの自然エリアを展開しています。
その中に、「Buehler Enabling Garden」と名付けられた庭があります。Enable(イネーブル)とは「〜する力を与える」「〜をできるようにする」「可能にする」という意味です。この庭は車椅子を利用しながらガーデニングに情熱を注ぎ、アメリカ園芸療法協会会長を務めたジーン・ロサート氏によって設計されました。ここでは年齢や身体的なハンディキャップの有無に関わらず、庭が存分に楽しめる工夫が随所に散りばめられています。
Photo by Chicago Botanic Photos
ガーデニングをしたことのある人ならわかると思いますが、庭仕事は地面に近づいて行う作業が多いので、しゃがんだり、かがんだり、膝をついたりという動作が多くなります。これらの動作は健康な人であっても長時間、同様の作業をしていると疲労を感じるものです。「Buehler Enabling Garden」は車椅子利用者のジーン・ロサート氏が設計したため、そうした動きが必要なかったり、あっても通常よりずっと楽にできるようデザインされています。この設計の工夫は、とりわけ車椅子利用者だけに限らず、健常者にとっても庭仕事をよりラクに楽しくしてくれるものです。不自由さを知っているからこそ生まれたガーデンデザインですが、機能性に優れた快適なデザインは、結局は万人にとって快適なのです。
素晴らしいことに、この庭ではそのアイデアを積極的に公開し、家庭の庭づくりの参考になるよう、庭の随所にその仕掛けと効果を説明したレジメが置いてあります。次回はその具体的な工夫について解説したいと思います。